コーヒーのお便り Vol.10 〜エルサルバドルと僕〜

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コーヒーのお便り


コーヒーのお便り Vol.10

エルサルバドルと僕

 グアテマラでの馴染みの街並みや歩き慣れた路地を離れ、隣国のエルサルバドルに着いたのは、2020年10月のことだった。
 ついさっきまで、長袖を着込んでいたのにもかかわらず、エルサルバドルに着くと季節が慌ててその意味を思い出したかのように日差しが僕の上着を剥ぎ取った。

 初めて訪れた国なのに、どこか懐かしさを感じさせるのがエルサルバドルだった。
通貨はアメリカドルで、グアテマラに比べて物価は安く、1ドル札2、3枚あれば、空腹を満たすのに困ることはなかった。
 
 グアテマラとの国境からほど近いサンタアナという街に滞在することにした。この町では、どの公園にも屋台が立ち並び、多くの人で賑わっていた。しかし、どの屋台でもメニューはほとんど同じで、ハンバーガーとホットドック、そしてポテトフライだった。
オーダーすると、その場でパンとお肉を焼いて、しなびたレタスのようなものを挟んでくれる。そこにまたよくわらかない色のソースをかけるのだが、これがまた美味しかった。
 あまりにたくさんの屋台があったので、僕は全ての屋台のハンバーガーを食べたが、結局一番最初に食べたモノが一番美味しくて少し損をした気がした。

 気付いたら1週間も同じホテルに滞在していた。偶然見つけたそのホテルは、古い洋館を改装したばかりでとても綺麗で、なにより気品があった。ここにいるだけで、自分がちょっとした片田舎の貴族になれたような気がした。
 ホテルのオーナーは気さくで毎日のようにエルサルバドルのことや、建物のことを僕に話してくた。「この扉は100年も前からここにあるんだぜ」そういうオーナーはどこか誇らしげだった。

 ある日街を歩いていると、パトカーが数台止まっていた。何か起きたのかと覗いてみると、若者数人が壁に押さえつけられ、他の警官は銃を構えていた。その警官が持つ拳銃は、映画で見るような綺麗なものではなく、油とホコリを纏い、銃口は若者達をしっかりと捉えていた。
 
 どのような場面であれ、銃が見えた場合はその場から立ち去るべきだという鉄則に従い、僕はそそくさとホテルに戻ることにした。オーナーにそのことを話すと「これがエルサルバドルなんだ」と僕にバツが悪そうな顔でそういった。

 当初の滞在予定を大幅に過ぎても僕はまだサンタアナにいた。
ホテルの居心地の良さもあったが、それ以上にこの先の旅路を思うと憂鬱だったのだ。。
 エルサルバドルの次はホンジュラスに行くことになっていたが、その道中で必ずエルサルバドルの首都である「サンサルバドル」を通る必要があったのだ。
この街は中米屈指の治安の悪い場所と言われている。そしてその先のホンジュラスもまた、危険だと口酸っぱく注意されていた。
なぜわざわざ危険な場所を通って危険な国へ行かなくてはならないのだろうか。そんな自問自答をしながら僕は何かと理由を見つけては滞在を引き伸ばしていた。

 アメリカドルが底を尽きそうになり、ようやく移動を決心した。首都行きの長距離バスに乗り込み、首都へ向かった。驚いたのは真昼間だというのに、街には人の気配がなく、違和感のある静けさだけが広がっていた。その景色に大きなリュックを担いで歩くアジア人は到底馴染むことはできなかった。
 幸いにも、トラブルに会うことはなかったが、エルサルバドルとホンジュラスの国境付近の街に着くまでは気が休まることはなかった。
ついさっきまでは滞在を引き伸ばしていたのに、僕はもう一刻も早くこの国を脱出したいという気持ちになっていた。
 明日の早朝のバスでホンジュラスへ向かおう。一刻も早くここを離れよう。ホンジュラスのどこに何泊するかは明日考えることにしよう。そう心に決めて、蒸し暑くムワッとした空気が充満する安宿の部屋で僕は深い眠りについたのだった。

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