コーヒーのお便り VOL.5 〜メキシコと僕〜

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コーヒーのお便り

コーヒーからのお便り。〜VOL.5〜

メキシコと僕

メキシコシティに着いたのは2019年7月のことだった。

 空港からバスに乗って市内に行くつもりだったが、どうしてもバス停が見つからず、20分ほど歩いて地下鉄の駅へ向かうことにした。道中はアジア人がバックパックを担いで歩くにはあまりにも場違いな雰囲気で僕の心臓は恐怖と興奮で波打っていた。

屋台から漂ってくる匂い、路上でたむろしている若者、穴の開いた道路、スペイン語で書かれた看板、その一つ一つが僕を迎えてくれた。

 メキシコは中南米を旅する人にとって玄関であり、また、出口でもある。僕はこの国を中南米の旅の出発点とした。次に日本に帰るのはまだ先のことで、帰国までの予定は一切決まっていない。そんな宙ぶらりんな状況に少しふわふわしながら、僕は記念すべき初タコスを名も知らぬ路上の屋台で食べた。
想像していたより美味しくなくて、足早にホテルへと向かった。

 メキシコの魅力を挙げればキリがないが、カラフルな色使いの民芸品、死者への弔い方、そして激辛ソース文化が代表的だろう。特にこのソース文化は凄まじく、某ハンバーガーチェーンに行くとソースコーナーがあり、何種類ものソースが常備されている。さらにソフトクリームにも激辛ソースをかける。路上には至る所にタコス屋さんがあり、デート中のカップルから仕事中の警察官までが集まり、辛そうなソースのかかったタコスを片手に談笑している。これがメキシコの日常だった。
そして僕も当たり前にタコスを食べ、たまにトイレに籠るようになった。

 僕が双子に会ったのは、メキシコシティの日本人宿に滞在して2日目だった。
リビングで周辺の観光地図を眺めていた時、彼女らは玄関からゆっくりと入ってきた。
どちらかが鏡の世界から出てきたかのように二人はそっくりで、異なる点は髪型と不自然に目立つ包帯の位置だった。その二人の風貌は僕の興味を観光から引っぺがすには十分で、いつの間にか会話が始まった。
 彼女らはリゾート地でバットを持った強盗に襲われ、腕や手の骨を折られたのだとケラケラと笑いながら僕に話した。そんな衝撃的な話に僕は返す言葉を失ったが、彼女らのこのあっけらかんとした生き様にどこか興味を惹かれた。気づいたら僕らは仲良くなって、屋上で一緒にタバコをふかしたりするようになった。
 
 旅の醍醐味は「出会い」であると僕は考えている。普段出会えないような人が、ただ交わる。それが僕にとっての旅なのだ。各国の思い出を振り返ると「何をしたか」ではなく、「誰と出会ったか」が一番記憶に残っている。それほど僕にとって旅と出会いは切り離せないのだ。
 結局この双子とは、この後グアテマラやペルーでも再開するほど仲良くもなったし、偶然出会った旅人の経験からルートの構成を決めたりもした。そしてカジノ狂いの人ともその後出会い、僕の旅の予算はかなり厳しいものとなってしまったこともあった。

 こんなふうに明確な目的地もなく、自分の足跡も残さず、ただ真っ白な空白の時間を流れるように僕の旅は始まったのだ。
旅の始まりと終わりが交わるこの国、メキシコから。

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