深夜特急に憧れて 2 (カンボジア編 1)

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コーヒーのお便り

カンボジアで僕はいろんなことを学んだ。

騙す人騙される人、人間の醜さ美しさ、そして旅の面白さ。
カンボジアは僕の旅の原点であると今でもそう思うのだ。

 タイからカンボジアへは旅行者のためのツアーバスが出ていた。タイからカンボジアとの国境まで、そしてカンボジアから市内へのバスがセットになったチケットが売られている。僕はバンコク市内にあるツアー会社をまわったり、宿の旅ノートを読み漁ったりして、比較的安全だと思われる会社でチケットを買った。
知らなかった街も一週間も歩けばどこか居場所を感じれるのがまた面白い。

 バスはまだ世界が薄暗い早朝に郊外から出発する。いつもの熱気は薄れ、肌寒い空気が数少ない出番に張り切っている。どうやら早朝の清々しさは世界共通らしい。酔い潰れて路上で倒れている欧米人を横目に僕は自分の上半身と同じサイズほどあるバックパックを背負いながらバス乗り場を目指した。
 本当にバスなんか来るのだろうか。カンボジアに行けるのだろうか。街の喧騒から離れるたびにひんやりとした不安を感じる。
 
 待ち合わせに指定された小さな公園の前にバスはやってきた。小さなワゴンタイプで中にはすでに数人の旅人がすし詰めにされていた。僕の大きなリュックは屋根に乗せられ紐で括られた。ロープがバックの生地を締め付ける音が明るくなり始めた街に響いた。このバスでまずはカンボジアとの国境を目指し、入国審査をする。その後バスを乗り換えてカンボジアの市内へ行く。僕にとって初めての陸路での国境越えだった。
 
 カンボジア入国のためにはビザがいる。国境で取得することもできるが賄賂を要求されるなど悪い噂が絶えないため、僕はあらかじめタイで取得していた。ところが国境まであと少しのところでバスが止まり、運転手が乗客に向けて「ビザ代を払え。金を払わないと国境まで連れて行かない」と言い出しながら座席を周りお金を集金し始めた。僕はすでにビザを持っているから払わないと伝えると、運転手は「関係ない。払わないとバスから降ろす」と平然と言いだした。どうせハッタリだと思い、僕は運転手の声を無視をした。すると運転手はそのまま他の座席へ行き、そのままバスを降りた。「ほらみろ、やっぱり嘘じゃないか」と思っていると、ドスンと鈍い音が砂埃と共に窓の外から響く。
見ると屋根に括り付けられていたはずの僕のバックパックが投げ捨てられていた。そして運転手が再び現れ、降りろと指で合図した。
その瞬間に僕ができることといえばお金を払うことだけだった。

僕が目指したのはアンコールワットがある街、シェリムアップだった。バスはこのまま街の中心に行く予定だった。ところが日が沈み暗くなった頃、バスはなにもない荒野に止まった。困惑する乗客に対し運転手は終点だから降りろと言った。そしてあたりに何もない荒野に僕たちを残してバスは立ち去った。途方に暮れているとどこかの暴走族のように轟音と眩いライトの群れが近づいてきた。なんだか蜘蛛の巣に引っかかった獲物の気分だった。
その光の正体はバイクタクシーの群れだった。おそらくバス会社と提携し、荒野に置いてかれた旅人をカモにする仕組みなのだろう。明らかに高額な値段を突きつけられながらも旅人たちは渋々と乗りシェリムアップの市内へと向かった。
僕も同じく途方に暮れていた旅人と一緒にバイクタクシーに乗り込むしかなかった。
 
 今日の宿を確保する前にすでに街は夜になっていた。心の中で焦燥感を感じていると運転手が提携しているホテルに連れてってやるからそこに泊まれと言う。ここまで完璧に仕組まれているともはや感心することしかできなかった。カンボジアの物価からすればかなり高い宿泊料金ではあったが、相乗りした旅人と共にその宿に泊まることにした。

振り返ればなんだかとっても濃い1日だった。あの涼しかった朝が遠い昔のように感じる。
どうあれ初めて国境を自分の力で超えたのだ。
明日こそシェリムアップの街を歩こう。そう思いながら僕の初めての陸路の旅の充実感と徒労感に包まれ、明らかに値段にそぐわない安宿で僕はカンボジアの1日目を終えたのだった。

カンボジアその2へ続く

 

 

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