コピルアックと僕とおまじない。

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コーヒーのお便り

コピルアックと僕のおまじない。

 僕がコピルアックに出会ったのは、10年も前のことだ。
当時大学生だった僕は、近所のレンタルDVD屋に行き、「かもめ食堂」という映画を借りた。
その作中に、コーヒーをうまく淹れるコツとして紹介されていたのが、ドリップペーパー入れたコーヒーを人差し指で凹ませ、「コピルアック」と念じるおまじないだった。
 コピルアックが何かも知らないけれど、それからというもの僕は必ずコーヒーをドリップする時に、「コピルアック」と唱えるようになった。友人から何してるの?と聞かれたら「美味しくなるおまじないだよ」と得意げに答えていたのだ。

 そのコピルアックがコーヒー豆のことだと知ったのは、それから随分と経ってからだった。
調べてみると、コピルアックとはジャコウネコの糞から採られる未消化のコーヒー豆のことで、「コピ」はコーヒーを指すインドネシア語、「ルアク」はマレージャコウネコの現地での呼び名だという。
 
 ジャコウネコが食べたコーヒーチェリーが体内で発酵、糞として排出され、それを焙煎して飲む。そんなコーヒーなんて存在するのか、誰がどうやって発見したのだろうか、そもそもなぜ飲もうとしたのか、そんな疑問が頭をよぎり、いつかコピルアックを飲んでみたい、そう想うようになっていた。

 そして10年経った今、僕はコピルアックを初めて手にしたのだった。そして知ったことが沢山あった。


・ジャコウネコには天然と養殖があり、天然のジャコウネコは熟して美味しいコーヒーチェリーのみ食べるため、価値や風味がちがうということ
・その知名度から多くの偽物が出回っているということ(知り合いのバイヤー曰く、インドネシアの空港で売られているものや、ネットで安価に手に入るほとんどが偽物らしい)
・コーヒーの実は硬い殻に覆われているため、衛生的には問題ないということ
 知れば知るほど僕はコピルアックに心惹かれていった。 

 今回のコピルアックは、インドネシアのアチェ州・タケンゴン地区でバイヤーが実際にとってきてくれたもので、正真正銘の天然のコピルアックだった。
おそらく、望んでもなかなか手にすることができない代物で、バイヤー曰く、このクオリティのコーヒーを飲むとしたら1杯(10g)で3000円してもおかしくないらしい。
 
 「最高の人生の見つけ方」という映画の中でもコピルアックは登場し、死ぬまでにこの幻のコーヒーを飲みたいと主人公は言う。
 そんな豆を手にすることができて本当に幸せなことなのだと、焙煎中のパチパチと豆のはじける音を聴きながらそんなことを思う。
 いつもより、丁寧に焙煎して、丁寧に豆を引き、そしてフィルターにセットする。その瞬間、僕は紛れもなく幸せだった。お湯を注ぐ時、いつもの癖で「コピルアック」と呟こうとした自分にふと笑みが溢れてしまう。

目の前に本物があるのに。

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