コーヒーのお便りVol.11  ホンジュラスと僕

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コーヒーのお便り

コーヒーのお便りVol.11 ホンジュラス

ーホンジュラスと僕ー

僕がホンジュラスに足を踏み入れたのは、2019年の10月のことだった。

 陸路で旅をしていると国境を越える経験を幾度となくする。しかし、この国境超えは、いつまで経っても緊張する。エルサルドルとホンジュラスの国境付近の街についた僕はやはり緊張していた。とはいえ、エルサルバドル出国の手続きは非常に簡単なもので、税関の係員はパスポートを一瞥しただけで、ハンコもなく僕は出国した。

 国境を越える時、不思議に思うのは、出国してから入国するまでの道中「僕は今どこにいるのか」ということだった。国境によっては、出国してから入国するまでの道すがらにちょっとした屋台が並び、街があることもある。ここに住む人はどこに所属しているのか、通貨は何を使用しているのか。そんなことをふと思ったりするのだった。

 ホンジュラス入国にあたり、ホンジュラスで働いていたJICAの同期に話を聞くと、「わざわざ来る意味ない。得られるメリットと、デメリットを比べたら圧倒的にデメリットが大きい。そのお金と時間を他の国に使った方が良い」と断言されてしまった。そこで僕はホンジュラスを一日で駆け抜けることにした。ホンジュラス側の国境から、西部に位置するチョルテカという街を目指しそこから反対側の国境の街へのバスに乗り、ホンジュラスを横断する形で出国する。

 ホンジュラスに入国した瞬間、同期の言葉の意味を僕は痛感する。
危険、という感じはなかったが、グアテマラやメキシコとはまた雰囲気が違っていた。
 国の空気がどこか荒々しく、野生感がそこらじゅうから漂っている。見渡すと当たり前に土埃が舞い、そこらじゅうに人が座り込んでいる。屋台では大きな鉄板にお肉が焼かれているだけで、天井には穴の開いたボロボロのビニールシートがかぶさっている。お水を買おうとしても、ペットボトルではなくビニール袋に水が入っており、ストローをさして飲むのが一般的だった。
 
 今までは必ず訪れた国に数日は滞在してその国の生活を楽しんでいたのだが、僕にとってホンジュラスは初めて通過するだけの国だった。国ごとに変わる言葉の微妙なアクセントの違いや、独特な食べ物を味わうこともなく、ただ、バスの中から風景を眺めていただけだった。不思議なことに、それに対する後悔よりも、何事もなく出国できたことに対する安堵の方が大きかった。そういう意味で印象に残っているのがホンジュラスだった。

 国境の街に着いたとき、若者が数人集まって瓶コーラの蓋になにやら文字を書いて、チェスのようなことをしていた。中米を歩いていてよく目にするこの光景。遊びに対する貪欲さと「ないなら作る」という工夫力にはいつも感心させられる。
 どういうルールなんだろう。どうやって作ったんだろう。そんなことを思いながら僕は彼らの横を通り過ぎ、次の国であるニカラグアへ足を踏み入れたのだった。

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