金で解決できることは全て金で解決しようとする話

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あるいは全力のことばたち。

金で解決できることは全て金で解決しよう。


とてつもなく嫌な響きがするこの言葉を僕はずっと大切にしている。
今日はそんな話をしようと思う。

世の中生きているといろんなことに悩む。

目の前の小さなことや、人生をかけての大きなことに悩む。
体の調子が悪い、住んでいる家が狭いそんなどうしようもないことにも悩む。

なんだかモヤモヤした日々が続くといったどこかネガティブ的な悩みもあれば、
留学にいきたいだとか、こんな仕事につきたい、社長になりたいだとか
ポジティブ的な悩みもある。
そういうを全てひっくるめ人は生きてるうちの6割くらいは悩む。

とにもかくにも、
人間生きていれば悩みは尽きないのだ。

ともすると、
人間の人生はほぼ悩みに支配されているわけで、生きるというのは悩みに向き合ったり、
解決したりすることの繰り返しといってもよかろう。(知らんけど)

で、我思うに
これらの悩みを解決するための方法は主に
・時間を使うか
・お金を使うか
・あるいは両方に分類できるわけだ。

そんでもって、
お金で解決できる問題はさっさと解決してしまうべきだと思う。
だからこそお金で解決できるものはさっさとしてしまおうということなのだ。
というか、お金で解決できる問題は大した問題じゃないと僕は思う。

それらに時間を使ったりするのはなんて無駄なことなのかといつだって思う。

もっとシンプルに言うなれば、
われわれ人類は、時間がかかるものや人間関係、自分の夢とか未来、生き方に悩むべきで、
お金で解決できる問題に大事な心のキャパを使う余裕などないと思うのだ。

例えば
近所付き合いがめんどくさいとか、変な人がそばに住んでいてなんだかモヤモヤする
など悩みがあったとする。

ならば、日々イライラストレス溜めるくらいなら引越しちゃえよ。と思うわけです。
変に通勤時間をずらして出くわさないようにしようとか、
気を遣ってお喋りに付き合ったり、
なぁなぁなコミュニケーションをして疲弊するくらいなら
お金で解決したほうがいいに決まってる。

引越しするのに時間がかかる?
いやいや、お金を払えば荷造りから発送まで全部やってくれるじゃないか、と。
つまりこの問題はお金で解決するのだ。
世の中の悩みの70%くらいはお金で解決できると思っている。

だったらそれに悩んでいる時間も心ももったいない。

一方で、どんな生き方がしたいのだろう、どんなことをこの先したいのだろう
といったところはお金じゃ間違いなく解決できない。
だからこそ僕はここに悩むべきだと思うのだ。

都会を離れて、静かに田舎の空き家を改装して住みたい。
そういう生き方に憧れるのであれば、どうやればいいのかに悩むべきなのだ。

もちろんこれも究極的に言ってお金で解決できるものではある。
だとすればそのお金の先の「何を大事にしたいのか」
に目を向けることが大事なのかと僕は思う。

死ぬまで困らないお金があったとして、望むなら田舎の家に住むこともできる
ってなった時に自分はそれを本当に求めているのか、
社会とのつながりを本当に最小限にしたいのか。
毎日真っ白な予定帳をみて本当に人生の喜びがこみ上げてくるのか。
そういうところを悩んだほうがいいに決まってる。

自分がどう生きるかというとこに目を向けてるからだ。
この問題に勝る悩みなどない。
ならここに目を向けて自分の生き方を探していくほうが
よっぽど豊かな生き方なんじゃないかなと思うのだ。

だからこそ、お金で解決できるものはさっさと解決して心のキャパを空けてゆっくりと自分に向き合う時間を作るべきだと僕は思うのだ。

何か悩んんだり困った時、僕はいつもそれはお金の問題か否かを考えて、
お金の問題だったらもうさっさと解決する。
そうではなくて、生き方に関わってくる問題であればゆっくり悩む。
そういうふうに生きている。

そんで僕は今も非常に悩んでいる。

自分がどう生きたいのか。
何を目指すのか。
そういうことを考えることで常に頭はいっぱいなのだ。

でもそれが生きるということなのだ。

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