ある男の手記をたどって(7)〜ただそこに「ある」もの〜

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旅行


久々に家に帰ってきた。

仕事柄、急な出張には慣れているものの、
まさか海外への出張だとは思わなかった。

それに、出張先がパナマという
日本から遠く離れた場所だとは。。。


ありがたいことに
パナマでの情報はとあるブログから得ることができた。

パナマ観光情報

パナマの物価



まぁ、いい。
どうにかこうにか無事に家に帰ってこれたわけだ。

といっても、
家で私を迎えてくれるものはなく、

この殺風景の家では、「帰ってきた」という実感もない。
安心感より、孤独に近い感情を突きつけられる。


まだ数回しか座ってない角ばった木の椅子。
食事をとるよりも物置として機能しているテーブル。
日にも焼けてないカーテン

眼に映る全てが僕のことなど興味がないように
ただそっぽを向いている。




ただ一つ、
この手記だけが続きを読まれるのを
待っているような気がした。



えーっと、どこまでよんだっけな。



そうだ。確か彼はどうにか無事に目的地である、
バラナシについたんだった。

そして、
なぜか関西弁で話しかけられたところで
前回は終わってしまっていたんだった。


いつものようにシャワーを浴びて、
続きを読むことにしよう。

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ただそこに「ある」もの

 

その小さなインド人の青年は、
僕が困惑していることなど気にも止めず、
ただひたすらに
関西弁を話し続けた。

なぁ、自分、どこへいくん?

なぁ、にいちゃん、インドはどうや?



なぜ僕はこのインドで、
そしてバラナシについたその日に

こんなにも関西弁を聞かなくてはならないのだろうか。

今までの経験と、困惑、そして疲れからか
僕がとった対応は、


「無視をする」


だった。


聞こえないふりをして
足早に立ち去ろうとする。

しかし、その青年はすぐ横をついてくる。


にいちゃん。騙されたんやろ?
顔にそう書いてあるで。

それに、怖い顔してんで。
そんな顔、インドでしちゃあかんで。



僕は立ち止まり、思わず彼を見た。



インドに来る人はな、だいたい騙されるんや。
でもな、嫌いになっちゃいかんで。

それがインドなんや。

そういうもんやと笑えばいいんや。

まさか怒りにインドに来たわけちゃうよな。

せっかく来たんだから笑わないともったいないで。





それだけ言い残して、
彼は自分の出番を終えた役者のように
当たり前に消えていった。


ただ呆然と立ち尽くす僕を残して。



そうか。

ここはインドなんだよな。

僕が来たくて来たくて仕方なかった
インドなんだよな。

なんで僕は怒ってるんだろう。


僕は
ただ、インドを感じたかっただけなんだ。

騙されても、
なにがあっても

ただ、そこに「ある」ものを感じればいいんだ。

それでいいのか。


気づいたら僕の顔には笑顔が浮かんでいた。

さっきまでのどんよりした天気は消え、
朝を告げる日差しが差し始めていた。


そうか。やっぱりこれでいいんだ。


目の前には、
ガンジス川が僕を待っていた。

いや、あるいは待っていないのかもしれない。
この川だってさえ、「ここにあるだけ」なのだから。


 



「ただ、そこにあるもの」か。


そんなこと言ったら
僕の家なんてそのまんまじゃないか。

本を閉じ、グラスに水を注ぎながら
私は思った。

久々に帰ってきた家だっていうのに、
温かみはない。
そこに多少の寂しさのようなものを感じていた。

でも確かに、考えてみたら、
ここにある家具だって、

偶然「ここにあるだけ」なのだ。

温かみなどあるわけない。

でも、だとしたら、
家とは、
そこに住まう人とは一体なんだろうか。

「ここにあるだけのもの」の集合体に人は暖かさを感じ、
「そこにいるだけのひと」に繋がりを感じる。


まったく不思議なものだ。


でもそれでいいのかもしれない。

ここにあるその一つ一つを受け入れて
そこから自分の中で
意味を見出していくのかもしれない。


例えば私がこの手記に意味を感じてるように。


ただそこにあるもの、
だけど意味のあるもの。

そういうものを少しずつ
見つけて人は生きるのだろう。



明日は仕事はない。
いつもより夜更かししようと思っていたが、
時差ボケか、体が疲れている。

もう横になるとしよう。

そしていつものように
ベットスタンドのランプに手をかける。

いつもより、ほんの少し

暖かいような気がした。



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