ある男の手記をたどって(4)〜〜洗礼はいつも静かに、鮮やかに(2)〜〜

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旅行



ええっと、
どこまで読んだっけな。。。

さっきまで読んでいた
あの手記を見つめる。

洗面所で口をゆすぐ音だけが、
まだどこか他人行儀の部屋に響き渡る。


髪の毛からは
不快な臭いは消え、
しっかりとシャワーの余韻を嗅ぐわせる。

習慣と常識に従うのであれば、
すぐさま髪の毛の乾かす必要があることはわかっている。

しかし、私の関心は髪の毛よりも、

騙されていることがもう
わかっている彼のその後に向いていた。

すぐさまベットに横たわり、
ベットランプを照らす。

さて、続きを読もう。





その夜、
僕は周りの旅人といるのが
すこし恥ずかしくて
街を一人で歩いた。

夜の街は
昼間とは打って変わって
薄暗く、全ての人が気配を潜めていた。

クラクションの音も、
大声も聞こえない。

ただ、至る所から
人の気配を感じるだけだった。

10分ほど歩いただろうか。

ふと目に入ったレストラン
(といってもプラスチックの椅子とテーブルがただ置いてあるだけ)
でカレーを注文した。

インドのカレーは
日本のカレーとは少し異なっていて、

水分が少ないく、
べちゃっとしているものが一般的である。

その夜僕が食べたのは
玉ねぎといくつかの豆を煮詰めてドロドロにして
そこにスパイスを加えたものだった。

水気はほとんどなく、
付け合わせのナンで
すくうように食べる。

なるほど、

インド人がカレーを手で食べるというのは、
このように水分がないからこそできる芸当なのだ

どこかで納得した。

インドに来た初日なのに
ずいぶんと長くインドにいるように錯覚する。


街の喧騒はもう聞こえない。

ただ、風景の一つとして
僕の目に映っているだけだった。


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洗礼はいつも静かに、鮮やかに 2



次の日、
予定通り11時に例の店に向かう。

街はまるで日が昇るのと同じように
当たり前の顔で
けたたましかった。

ただ僕自身、
その風景に溶け込んでいるような気がした。



お店は、
昨日とは表情を変え、
はっきりとした悪意を持って
僕の到着を待っていた。


僕はまだ

もしかしたら、、、

という淡い希望を抱いていた。

しかし
その希望はあっという間に
舞う砂けむりと
いつもの騒音の中に消えて行った。


手渡されたチケットには
昨日見たチケットと同じように
正規のチケットではあるものの、

出発駅や行き先、
全てめちゃくちゃだった。



当然のように抗議をする。


しかし、昨日とは別人のように
店長は聞く耳を持たない。


これがお前のチケットだ。


感情を失った言葉だけが繰り返される。


僕ができるのは、
ただ、不満をぶつけ、
返金を求めることだけだった。

だが、
それはあまりに無意味で虚しいことだった。




チケットの返金は

駅でできる

そう周りの旅人から聞いていた。



そう告げると
店長は皮肉を込めた笑顔で
こう告げた。


それはできない。


理由を聞いた時、

僕は愕然とした。


なぜ、
僕は11時という時間に
呼び出されたのか。


お店自体は
午前8時から開店しているにもかかわらず、
だ。


確かに
インドの電車チケットは
駅で返金手続きを行うことができる
という。

しかし、
それは電車の出発時刻の

12時間前まで

という条件が付いていた。

僕が渡されたチケットに
記された出発時刻は

夜11時。

現在は午前11時10分過ぎ

つまり、
正当な理由で返金は
認められないということを
僕に告げていた。


そういうことか。

その瞬間全ての辻褄があった。

ここは最初から僕を騙すつもりだったのだ。

最初から
偽のチケットを
返金ができないギリギリの時間で
受け取らせるために全てが仕組まれていた。


なぜ、気づかなかったのだろうか。

いや、この場合、
このお店を褒めるべきなのだろう。

全てにおいて鮮やかだった。


その全ての説明を得意げに語る店長、
それをニヤニヤしながら聞いている店員。

その全てに腹が立った。


店を出る時、
偶然他の旅行客がツアーの相談をしに入ってきた。

せめての抵抗として、
そのツアー客に

this is fake

と耳打ちした。

その瞬間店内の雰囲気が
一変した。

さっきまでニヤニヤしていた店員が
僕に掴みかかり、
店外に突き飛ばした。

体制を崩した僕はそのまま地面に倒れこんだ。

そして
その店員は僕を無理やり立たせると
肩を殴ってきた。


その一連の騒動に
野次馬が集まり、
あたりは騒がしくなり
警察が遠くから走ってくるのが見えた。

僕は
逃げるしかできなかった。

砂煙舞う黄色い街で
僕は騙される。
そして、逃げる。


ツアー客がお店から慌てて出て行ったのを
横目に見ながら。


 


枕に当ててた
髪の毛はもうとっくに乾いていて、
明日に向けて寝癖の準備をしていた。

普段ならもう寝る時間だ。
もう少し読みたい気もする。。。
ただ、明日も仕事だ。


にしてもこのお店のやり口は見事とした
言いようがない。


そもそも、


このお店が
彼を騙すために
このチケットを購入した、

という証拠なんてない。

仮に駅に事情を伝えても、

彼自身が

間違ったチケットを購入した

としか捉えられないだろう。


なによりも、

このお店が、
正規のチケットを購入している分、
その返金の手続きも正規のルールに従うしかない。


そして、そのルールが返金を認めていない。

なるほど。
理が通ってる。


インドは「非暴力な国」

というのは

ガンジーやマザーテレサの存在で、
なんとなく知っている。

幸か不幸か、
その影響で
このように頭を使った詐欺が
横行しているのだろうか。

もっとも、
中には手を出す人間もいるみたいだが。

彼が首都ニューデリーを出て、
目的地であるバラナシへ着くのは
いつになるのだろうか。

そもそも無事にたどり着けるのだろうか。


。。。
人が騙されているのに、
こんな他人行儀でいいのだろうか
と一瞬考えたが、

そもそも
他人どころか、面識もない。


したがって僕が彼の心配をする必要はない。

だがそれと同じように

誰かの手記を読んでいて寝坊しました

なんて理由が職場で通じるはずもない。

どうやら寝るしかなさそうだ。

電気を消す。

静寂と暗闇が部屋を包む。
同時に手記もその存在を消す。


明日からは
いよいよ仕事が始まる。

無事に初日が終わればいいが。

初日というのは
なんにしたって怖いものである。


彼が騙されたように。





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