僕がこの街に住んで、約一年がたった。
初めて訪れたのは、去年の3月。
ちょうど一度目の緊急事態が発令された時だった。
その頃の僕は、様々なトラブルに巻き込まれて、
少し精神が壊れていたのだった。
実家にいることができず、人と会うことができず、
家の中で一人でいると物音や何かに常に怯えている状況だった。
まさに最悪のタイミングでの非常事態宣言だったのだ。
そして、
そんな僕が逃げ込んだのは、この街だった。
初めて知らない街を訪れる時、どこかワクワクするものである。
でも、そこに住むとなると、どこか緊張感が入り混じる。
曲がり角の先になにがあるかなんて知らないし、
深夜に響く誰かの笑い声にびっくりしたりする。
それでも一年という月日は
僕を受けていれてくれるには十分な期間だったのだ。
今じゃ、携帯をいじってても家に辿り着くこともできるし、
スーパーの特売日だってわかるようになった。
僕が月日をかけて街に溶け込めば溶け込むほど、浮き立つ一件の八百屋があった。
国道沿いの等間隔に並んだお店の一つにその八百屋があった。
筆箱の中で一本だけ濃さが違う鉛筆のような奇妙な違和感があった。
八百屋さんは8畳程度の大きさで、
人一人通れるくらいの通路を挟んで野菜が8種類程度ならんでいる。
そこでインド系の人がぼーっと椅子に座って携帯をいじっているのだった。
ある時は一人で、またある時2人で、またある時は3人で。
僕は今までインド系の人を、どの街にも必ず一軒はある、
ナンやご飯がおかわりできるカレー屋さんでしか見たことがなかった。
まさか八百屋さんをやっていることに少し違和感と同時に興味を覚えた。
奇妙な点がもう一つある。
売られている野菜の全てが安いのだ
大きな白菜1つが70円だったり、アボカドも一つ60円だった。
ただし商品はいつもランダムで、昨日あったものがなくなったり、
今までレギュラーだったものが、いつの間にか見なくなっていたり。
どこからどのように仕入れているのかもわからないし、
どういう風に利益をあげているかもわからない。
ともかく、僕はこの八百屋が好きだった。
しばらく通うと顔を覚えてくれて
毎回今日のおすすめを教えてくれるのだった。
コレ、オイシイヨ
この一言と共に勝手に袋に入れてくる。
そのやりとりが楽しくて僕は用がないのに通うようになった。
そこでお勧めされた野菜でその日の夕食を決めることさえあった。
そして僕は今日、この街を出ることになった。
なぜかわからないけれど、八百屋さんにサヨナラは言わなかった。
僕は今日この街をでる。
僕は、社会人になるのだ。
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