大学院とはなにかー勉強と研究の違いー

スポンサーリンク
大学院のこと

 






こんにちは。

最初の記事(大学院の制度と仕組み)



大学院関連のことを5個くらい書こうかなぁ。。。

と思ったのですが、あれよあれよで書きたいことが増え、

まだまだ続きそうです。

もうしばらくお付き合いください。




さて、前回の大学院のメリット・デメリット

では大学院に進学すると、いろんなデメリットがある、

にも関わらず、行った方がいい

と書きました。


その究極的な理由としては、

やはり、

深く学べる



研究ができること

になるかと思います。

あとシンプルに面白い


でも、そもそも



研究ってなに?



勉強とはなにが違うの?


と思う方いるかと思います。


そこで今回はその両者の違いを紹介し、

大学院ならではの研究の魅力についてお伝えして行きます。


。。。ちょっと話がややこしいかもしれません。。
というか説明が曖昧なところがあります。。



まぁ、ご愛嬌。


スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

研究とはなにか

 

まずはここからみていきましょー。

研究とは


研究とはその名称が意味する通り、


物事を深く、ただひたすらに探求すること


と言えるでしょう。


この物事とは、
もちろん


自分が知りたいこと

です。


例えば僕の場合は、


教育の意味



というところにすごく興味を持っていたので、

これを研究しようと思いました。


でも、知りたいことを知っていく、



というのは


研究じゃなくて、勉強でよくないか?



と思うかもしれません。



・・・


・・・・


いや



だからちゃうねん。



その違いを見ていきましょう。


勉強との違い

 

よく言われるのが、

勉強とは



既知を知るためにあります。



つまり昨日まであったことを知って行くことです。


一方で、

研究とは



未知を探求するためにあります。


つまり、昨日までになかったことを探して行くわけです。



大げさに言えば、


研究するというのは、


未だ誰も知らない、未知の領域を開拓し、

新たな視点や意味の発見をすること


なのです。


もっと具体的にみましょうか。

具体的には。。。



大学までで行われている勉強は、



既存の定義や、様式など、




既に存在しているものを学習するわけですね。


つまり、どこの本にでも書いてあることを




暗記に近い形で学んで行きます。




一方で、大学院では、


その既存の定義たちを組み合わしたり、


もしくは疑い、


どこの本にも書いていない部分を見出していく、



つまり、創造に近い形で学んで行きます。


(まぁ、「理想論」と言われれば、それまでですが)



要は、


両者は根本的に異なり、

相反するもの・・・・




ではありません!!



ここで勘の良い方なら気づかれるかもしれませんが、



そう、



研究と勉強の間には、


強固な相関性があり、




しかもそれが、文化の発展の様式であるわけです。




どういうことか。



勉強と研究の相関性


先ほども書いたように、



勉強は既知



研究は未知




という住み分けがざっくりとあるわけですが、


隔たりがあるわけではなく、


密接に関連しています。



なぜなら、



未知の領域を探求するには、



既知を知らなくてはならないからです。



今日まで、



・この問題についてはどこまで明かされているか、




・どこにまだ謎が残っているのか。



それをまず探す必要性があります。



自分にとって未知でも、


世界的には既知であったら



それは研究にならないからです。




ちなみにこういう感じで


既知を探していくことを


大学院界隈では、



先行研究

といいます。



まぁ、研究の方法についてはまた後日書くとして、

今は相関性だけに着目しましょう。


さぁ、



ここが未知の領域だ!!


と分かり、



見事、新しい視点や定義を生み出したとしましょう

 


安っぽく言えば、研究に成功したとしましょう。



あなたにとって、未知だったもの、



しかし、それは自分の下の世代にとっては、
既知の存在となります。




そして、下の世代はあなたの研究成果を




先行研究として


学習し、(あなたがしたように)

あらたな未知を見つけて行くわけになります。


このプロセス、


つまり、


既知⇨未知⇨既知⇨未知⇨既知・・・・・

(勉強⇨研究⇨勉強⇨研究・・・)

これを繰り返し、

文化は発展してきて、

これからも
続くということです。


今あなたが知っている何気無い知識も、

昔の人が見つけた未知の領域だったわけです。



それを既知のものとして、手掛かりにし、



自分の未知に繋げていく


ま、このようにして
勉強と研究は二人三脚のように、ゆっくりと

ある分野における、

発展・深化の階段を登るわけです。


昔の人ありがとーー。


余談


余談ですが、



教育系分野を学ぶ人は
必ず通る道である



ジョン・デューイ




は「民主主義と教育」の中で




(あれ、「教育と社会」の方だっけな。。。

こういう時に本が手元にあるといい。。。

これを書いている現在、旅行中。。。。

まぁ、いいや、たしか合ってるはず。。。)





ともかくその中で、





個人は死滅するが、社会の知識や行動習慣が引き継がれる限り
社会は永続する。

 



みたいなことを述べています。


つまり、人類は文化を継承するからこそ、

継続、発展していくということです。


これは本当にその通りだと思います。



そしてこの文化がある限り、



研究の有意性


が保たれるわけです。



具体的に見てみましょう。



じゃあ、「火」を例にとりましょう。



昔の人は偶発的に火を発見したと言われてますが、


仮に
その人が火の性質や起こし方等を継承しなかった場合


下の世代はまた
偶発的に火の発生を待たなければなりません。


下手したら、出会えないかもしれません。

つまり、
「火」が存在しない文化社会にリセットされてしまうわけです。





しかし、
偶発的に見つけた世代が、



火の存在を継承したからこそ、





下の世代がそれを生まれた瞬間から享受できるわけです。




リセットされません




そして今度はその火を使って、料理に応用する、
なんらかの儀式に使用する、、

など新たな使い方を発見し、


また下の代に継承して行く。


これもまさしく

未知既知


研究のプロセスと同じですね。



この文化様式があるから


僕たちは生まれた瞬間から、

学ぶものがあり、

水や火が当たり前に使えるわけです。






昔の人、ありがとーーーー!!!





えーっと、、、

。。。伝わったのかなぁ。。。。



まぁ、ともかく

こういう類の話が

おもしろいなぁ。。


とか


なるほどなぁ。。


と思える方、興味持てる方は、


ぜひ大学院で研究をして見たら面白いと思いますよー!!



以上!

CHANGE YOUR LIFEプロの指導で一流企業へ内定しよう

SPARK_CAREER(M)

 

コメント