ある男の手記をたどって(9)〜涙とともにパンを食べた者でなければ人生の本当の味はわからない〜その1

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旅行
 


この話を読んだ時、

私はひどく落ち込んだ。

何に、と問われても
はっきり答えることはできないが。

強いて言うなら
自分自身の人生に、か。

私はイマエルのような
考え方もできないし、
そして、その生き方を実現する
勇気もなかった。

それでも彼の話は
僕の人生の轍に暗い影を落とす。

そして問いかける

ただ、その問いに答えることは
私にはできそうになかった。


この男の手記を読んで
初めて辛くなった。

水道から水滴が音を立てて落ちる。
その音さえも私を責め立てるようだった。


この話は
この手記の男がガンジス川によって
寝込んでいるところから



始まる。






ようやく体調が回復した。
2日ほど寝込んだだろうか。

寝込んだ時のインドほど、
病人に優しくない場所はない。

なにせ、道にはおびただしいほどの
牛の糞、そしてそこにたかるハエ

おまけに食べ物は
スパイスをふんだんに使ったもの、
あるいは揚げ物のみである。


それでも、どうにか回復し、

宿でぼーっとしていると

一人の日本人が声をかけてきた。

彼の名前はそうだな、
ジュンとしておこう。


ジュンとは同じ宿に泊まっていたため、
顔見知りで、挨拶、たまには雑談をする仲になっていた。


「今夜空いてますか」


すこし申し訳なさそうな声で僕に尋ねる。

「空いているけど、なんで?」


「実は、昨日仲良くなったインド人に晩ご飯に呼ばれていて、
でも一人だと少し心細いから一緒にどうかなって」


どうやらそのインド人、
(名前はイマエルというらしい)
は人力車の運転手で、
昨日利用した際に、仲良くなったらしい。

家の場所も大体は聞いているという。


特に予定もなかったし、
少し楽しそうだったので僕は付き合うことにした。



その夜、日が暮れかけてきたころ、

僕とジュンは街をあるいた。

イマエルが伝えていた
家付近まで来る。


僕は少し嫌な予感がした。

なぜならそこはとてつもない
貧困地域で、
家というよりも、
ビニールシートが張られているような、
野宿をするようなエリアだったからだ。


今更変えるわけにもいかず、

僕とジュンはイマエルの家を探した。


家の前まで来ると
イマエルが出てきて僕らに挨拶をした。
とても感じの良さそうな人で優しそうだった。

しかし、その手は細く、
シワが深く刻まれていた。


僕の予感は的中した。

家といってもビニールシートのようなものを
上から下げているだけで、
床は地面だった。

そこに布を置き、なんとか家の体裁を保っている
そういった感じだった。

もちろん広くなんてなく、
畳3枚分ほどのスペースに
イマエル、奥さん、そしてちいさな子ども二人と
暮らしていた。



もちろん、僕らが入ると、
くつろげるスペースなんてなく、
肩と肩が触れ合うくらいだった。

家財道具は無いに等しく、
大小の鍋が一つずつ、そしていくつかの
食器があるだけだった。
火は携帯式のガスコンロ。

地面は固く、そして冷たかった。


自己紹介を兼ねて挨拶をし、
雑談をする。
その間ぼくはなぜか申し訳なさを感じていた。
そしてその感情はジュンの肩からも
僕に伝わってきていた

そのことを知ってか知らずか

イマエルはつねに話し続け、
そして笑顔だった。

奥さんは隅っこで
(といってもほとんど体は外に出ている)

夕飯の準備をしている

僕らはやっぱりご飯は遠慮することにした。


とてもじゃないけど、ご飯は食べれる雰囲気じゃない。


しかい、イマエルはそれを許さなかった。

食べていけ。せっかく作ったんだからと。

そう言われて僕らは
為す術なく、
ありがたくいただくことにした。

出されたものは
やはり、というべきかカレーだった。

しかし随分と優しい味で、
病み上がりの僕にはとても美味しく感じられた。


気づくと食べているのは僕らだけだった。

どうしてみんな食べないの?

そう尋ねると、

まずは客人からだ。と答える。


僕らが食べ終わると、
次に子どもたちのご飯の時間になった。

美味しそうに食べる。
良い風景だった。


子どもたちが食べ終わると、
奥さんは食器を下げてしまった。

あれ、イマエルと奥さんの分は?

そう聞くと

私たちはもうお腹がいっぱいだから
いらないんだという。



絶対に嘘だった。

戸惑いながらも
どうしようもできない僕らは、
申し訳なく、肩をすくめながら
雑談をするしかなかった。


帰るときに、
明日も来い。
絶対来いと告げられる。

断りたかったけど、
それを許す空気ではなかった。

うん。

そう頷いて僕らは宿に向かった。



帰り道、
お互いに無言だった。

ご好意といえど、
あまりにも彼らは貧しかった。
彼らが食べるはずのご飯を僕らが食べてしまった。

その罪悪感のようなもので、
なにも話せなかった。



次の日、

ジュンが僕に
「今日どうします・・・?」

とぎこちなく聞く。

行きたくなかったけど、
行かないのは失礼なような気がした。

だから今日を最後にしよう
そう決めていくことにした。


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〜涙とともにパンを食べた者でなければ人生の本当の味はわからない〜



二日目も
同じパターンだった。

ただ違うのは、
イマエルたちが食べない理由は
「もうすでに食べたから」
だった。

嘘に決まってる。

だって、僕らがついた頃に
料理を始めたのに。。。


その気まずさを除けば
彼の家は楽しかった。
日本とインドの宗教の話、
ガンジス川の話、
いろんなことに彼は興味を持って話してくれた。

その話はとても
深く、それでいて、愉快だった。


帰る時、

明日も来いとやはり言われた。

でも僕らは首を縦には降らなかった。

明日は予定があるんだ。
明後日からもわからない。
そう曖昧に言葉を濁した。


少し寂しそうな
顔してイマエルは

じゃあ、といって、
奥からブレスレットのようなものを
僕らに持ってけと言った。
少しだけ、価値のありそうなものだった。


僕はもうなにがなんだかわからなかった。

なぜここまで知らない外国に人に
優しくできるのだろうか。
しかも身を削ってまで。

僕は耐えられなくて、
聞いてみた。


彼はとても笑顔でこういった。

[Your happy is my happy]


君たちが喜んでくれると
君たちの神様が喜ぶ。
そしてそれは私たちの幸せなんだ。

そう彼は続けた。

だから、私の幸せのために、
ご飯を食べてくれてありがとう。
物をもらってくれてありがとう。


そう彼は僕らに告げた。



帰り道、
僕とジュンは

絶対に何かお返ししなくてはならない。
そう考えていた。

いくらなんでも申し訳なさすぎる。

でもどうやってお返しすればいいんだろうか。


彼に何か価値のある物をあげても
絶対に受け取ってはくれない。
現金なんてもってのほかだ。

それに、もっと役に立つもの、
喜ぶものあげたい。


そう考えて

出た答えは

イマエルの子どもに
リュックを買ってあげることだった。


上の子どもは小学校に通っていたが、
そのリュックは穴が空いているほど、
古かった。

彼自身にプレゼントしても
断られるだけだ。

だから、イマエルじゃなくて、
子どもにプレゼントしよう。

これならイマエルは受け取ってくれるんじゃないか。

そう僕らは考えた。



このプレゼントをめぐって

僕らが泣くことになるとは

その時は微塵も考えていなかった。


その2へ続く。

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