ある男の手記をたどって(8)〜神の子どもたちはみな踊る〜

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旅行

ガンジス川は
僕の思っていた以上に
大きかった。

「大きい」という表現でしか
表せない僕の言葉の稚拙さを感じるほど


大きかった。



ある人は沐浴をして
ある人は洗濯をして
いろいなものが流れていく。

そこには汚いも綺麗も
そんなことはどうでもいいかのように
ただ川は流れていた。

当たり前の中に溶け込んでいる
ガンジス川。

それはただ、大きかった。



街を歩くと子どもたちが走り回っている。
僕を見るたび、お金をせびる。

街角を曲がると牛が我が物顔で道を塞ぐ。
道には大量のフンがばらまかれている。


川の上流を目指して河岸を歩くと

長い流木をテコの原理で上下し
手作りのゲートを作っている子どもたちに出会う。

どうやら検問をしているようで、
この先に行きたければお金を払えという。


なぜ、誰のものでもない河岸を歩くのに
お金を払わなければならないのだ
と一瞬思ったが、

これもまたインドの姿なのだろうと
大人しくお金を払った。

諦め、というより、
何もなかったところに
アイデアでお金を稼ぐ子どものたくましさに
素直に感心してしまったのだ。

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神の子どもたちはみな踊る




そこからまたしばらく
上流に向かって歩く。

10分ほど歩いただろうか。
人も少なくなり、徒歩で行ける道はなくなった。

ここが、上流か。

ただ、
上流についても
閑散としていて、特に目新しいものはなかった。

せっかくだからと川辺に腰を下ろし、
ガンジスを見ながらタバコをふかす。

すると

けたたましい音楽と一緒に
子どもたちが
綺麗な布で巻かれた小さな神輿のようなものを
運んできた。

リズムに合わせ、歌いながら、
その神輿はかなり上下に揺れていた。
というより、乱暴に揺さぶられていた
という表現が合うほどに。



何だろう。


僕のすぐそばまでその神輿はやってきて、

子どもたちや、どっかから来た大人たちが
なにか儀式のようなものを始めた。

何かの粉を振りまいたり、
ぶつぶつと唱えていた。


なんかの宗教だろうか。
そう思っていたら、

その神輿を大人たちがさっと
つくった木組みの上に乗せ、

そして、


火をつけたのだった。



何事かと見ている間に
火はどんどん大きくなる。


神輿の装飾品が燃え、
見えたのは、


人の足だった。


なんかの神輿だと思っていたのは、
死体だった。


布が燃えだし、
その中身は

紛れもなく、人の形をしている。

まるで、火の中で新たに生まれているかのように、
その輪郭は次第に露わになっていく。


ただ、その風景をぼーっと眺めている
僕のことなど脇目にも触れず

子どもたちや大人たちは
みんな笑顔で周りを踊る。

なぜか村上春樹の小説
「神の子どもたちはみな踊る」
が脳裏によぎる。


足の先や、頭の先など、
火に当たらない部分が出てくると、

その辺にあった棒で
お腹の部分を押し、

「く」の字のような形で
器用に折りたたんでいく。


そして
燃え尽きて灰になったものを、
あるいは燃え尽きえなかった部位を

そのままガンジス川に流した。

何事もないかのように
川はそれをただ、流していく。


普通なら
少しパニックになってもいいような
光景だったが、
不思議と穏やかだった。

ガンジス川が全てを受け入れているのに
僕が慌てふためくことはできない。

インドが僕にそうさせた。



そのあと、
そばにいた人に話を聞くと、

ガンジス川に流されるというのは
とても名誉なことであるという。

だからみな、
死期が近づくと、ガンジス川に近づき、
そして死ぬと
ガンジス川に流してくれと

みんな願うのだそうだ。


ガンジス川に流されることで、
新たに生まれ変わり、
輪廻の中にまた戻れるという。


説明を聞いてもまったくピンとこなかったが、
それでも川を流れゆく死体を眺めてると

そういうものなのかと
どっかで納得している僕がいた。


帰り際
下流に向かって歩く。

検問はすでに終わっていたみたいで
子どもたちの姿はどこにもなかった。

なんだ。気が向いた時だけか。
なんだか損をした気分になった。

でも同時に
なんだか笑えた。


気づいたら僕はまた
インドを好きになっていた。



そうだ。
川に入ってみよう。

そういえば

僕が日本を発つ前に
立ち読みした「地球の歩き方」には、
ガンジス川で沐浴すると
神聖な気分になれる

とあった。

その時は何を言っているのだろうか、、、


と思っていたが、

今はなんだかその気分がわかるような気がした。

なにより、その輪廻の一部を
ガンジスの冷たい温もりを
感じたくなっていた。


靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、
足をつける。

その瞬間、


悪寒が走る。


ものすごく深い不快な感覚が
足の裏から伝わってくる。

これはまずい。
直感的にそう判断して

すぐ川から上がる。



宿泊先に戻って、

そこにいた人と談笑していると

なんだか気分が悪くなった。


気づいたら熱が出ていた。


まさか、あの一瞬の川のせいか。。。


そばにいる人に
冗談半分で

足だけ使っただけなのに
風邪ひいてしまったよ

と告げると、

その人はとても丁寧に
ガンジス川の汚さと危険性を教えてくれた。

果てはクレイジー扱いを受けた。


一番衝撃的だったのは、

世界中にあるガイドブックで
沐浴を進めるのは日本のガイドブックだけらしい。

他のどの国でも
決して近づくな、入るな
と注意書きがされているらしい。


なんだそら。


そう思いながら僕は


瞼を閉じた。

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