(本シリーズは「国境なき医師団」様の了承を得て公開されています。
*100%ノンフィクション、僕がコロナにコーヒーで立ち向かう話です
*NOTEにも同様の内容を乗っけています。そちらでいただいたサポートは全て
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<前回までのあらすじ>
菊地コーヒーを始めたい。
始めはそんな誰にでもあるようなシンプルな願いから始めようとした
クラウドファンディング 。
しかし、止まることを知らない感染者、死亡者の数字。
そして次第に数字だけでなく、
世界中から悲痛な叫びがSNSを通じて僕の目に飛び込んでくる。
<数字が1つ増えるということは、一人の人生が変わってしまうこと>
無力で傍観者であった僕にこの言葉が突き刺さる。
なにか、僕にできることを探したい。
傍観者から少しでも一歩前に踏み出したい。
その想いから「お店を持つ」という自分視点のクラウドファンディング から
画面の向こうにいる人に寄り添うものを考えようとした。
単純な僕は、
それを「寄付」という形で行おうとした。
クラウドファンディング の公開を取りやめた直後
僕は新しい企画の立ち上げをした。
(内容は前回を参照してください)

そして申請を出した。
ところが結果は不採用だった。
運営スタッフからの理由はたった一つ。
それもまたすごくシンプルなものだった。
・支援金の寄付を目的としたクラウドファンディングは受け付けられない。
・第三者への譲渡を行う場合、「共同」で行う必要がある
この理由で企画は申請不可となった。
運営側からのこの一言は僕の心を真っ二つにするには十分だった。
結局僕は何もできない。ただの傍観者になってしまうのか。
そこから踏み出す一歩の先はあまりにも遠かったのだ。
でも、なにか。何かできるはずだ。
僕は傍観者のままでいたくない。
だから僕は考えた。
お金を渡すことではなくて、コーヒーを配ればいいのか。
この次に僕が考えた企画は
フリーコーヒーという企画だった。
支援者様に2人分のコーヒーを購入してもらい、
一つは支援者様にリターンでお返しし、
もう一つはまだ見ぬ誰かに無料で提供する。
もしくは、病院で必死に働いてる方が一息つけるように
病院へ提供する。
誰かのご厚意を苦しんでいる方へコーヒーという形で届ける。
この循環が作れれば少しでも誰かの役に立てる。
これならいけるはずだ
だからまた企画書を書き直した。
その中でもちろんいろんなクリアにしなければならない課題があった。
例えば、<誰にどうやって配るか>
・フリーコーヒーを飲みたい人をSNSで募るのか、
→これでもいいんだけど、僕は医療現場の人の助けにもなりたい。
医療従事者限定で提供するのか、
→じゃあ、病院へ提供すればいいのか。
また、
支援してくださった方が支援してよかったと思えるような
形はなにか。
例えば、「OO様からのコーヒー」といったようなメッセージをどう添えるか。
そんなことに頭を悩ませながら
それでも僕は一歩をなんとか踏み出そうとして
申請書を運営スタッフに提出した。
ところが返信はこうだった。
「病院に提供する場合は、その病院の承諾を得る必要がある」
再び僕の一歩は歩みを止めた。
病院の許可?そんなのどうやって取ればいいんだろう。
それに病院なんて日本にはたくさんあるわけで
この病院にするって決めることもとてつもなく難しい。
どうしたらいいんだろう。
やっぱりこの案はダメなのかもしれない。
それにフリーコーヒーの提供ってクラウドファンディングにする必要あるのか?
気づいたら僕の頭はできない理由を探し始めていた。
やめる言い訳が次から次へと出てきた。
もう頑張ったじゃん。
ダメだったんだから仕方ない。
クラウドファンディングがそういう仕組みなんだかしょうがない。
モヤっとしたけれど、僕は諦めた。
病院に許可取ることも、フリーコーヒーをすることも
なんでかすごくめんどくさくなって億劫にもなった。
結局あがいたけれど何もできなかった。
それでいいか。
ただの一般人、たくさんの人間の中のただの一人。
僕なんてこんなもんだよね。頑張った方だ。
頭の中はこんな言葉でいっぱいになった。
そう思って僕はブラウザを閉じて
ベットに寝っ転がった。
気づいたら、
フリーコーヒーだってなんだって
僕はただ単にクラウドファンディングがやりたかっただけなのかもしれない。
何かやりたかった。
なにかしたような気分、
自分が自分でよかったって思いたかっただけなのかもしれない。
そんな不純な想いだったのか。
ダサいなぁ。。。
僕はただ、
僕の知らないところで苦しんでいる人にコーヒーを飲んで欲しかっただけなのに
画面の向こうで頑張っている人を応援したかっただけなのに
それだけなのに。
それだけなのになぁ。
少しだけ悲しくなって涙が出てた。
僕はまたパソコンの前に座り、
新しく、ブラウザを立ち上げてた。
その画面は国境なき医師団の寄付ページを写していた。
まだ。
まだだ。ここなんだ。きっと僕が踏ん張れる最後のタイミングはここなんだ。
運営スタッフは「共同」でなら良いと言っている
なら、共同で行えるかの打診をすればいいんだ。
まだそれが最後のチャンス。
打診してダメなら諦めよう。それもやってないのにここで終わる方がダサい。
僕は医師団のHPからお問い合わせのタブをクリックし、
500文字以内という規制の中で自分の想いを書き、
協力を申し出た。
また、運営スタッフにも、
医師団に問い合わせている。了解を得れたら行いたい
というメールを送り、返事を待った。
4月2日のことだった。
そこから半日たった時、
医師団の寄付金担当者の方からメールが届いた。
返信は以下の内容だった。
・申し出はありがたい。
・現状ではどうにも言えない。
・寄付金の申請用紙、企画書等を記入、送付し、それからの判断
とのことだった。
正直なことを言う。
寄付をするってこんなにも大変なことなのか。
って僕は思った。
申請用紙も堅苦しく、企画書の作成、、、
またもや僕の足取りは重くなる。
でもここで踏ん張らなきゃいけない。
申請用紙を記入、と言ってもクラウドファンディングという趣旨の元だと、
寄付金額、用途、目的、等々が曖昧にならざるを得ず、
とてつもなく空欄だらけの不格好な申請用紙となった。
また、企画書は僕が作成したクラウドファンディングのURLを送り、
見ていただくことにした。
ものすごく、不格好で、曖昧で怪しさ満載の返事になってしまったが、
今の僕にできる最大限だったし、
おそらくこれが最後のチャレンジだと思う。
今の僕には待つことしかできない。
返事がOKだとしても、それを実行できるかなんて
わかりやしない。
だけど、少しでも前へ。
僕が僕でいられるような、そんな道を歩きたい。
ただそれだけを頼りに僕は送信ボタンをおした。
2020/04/03の出来事。
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