教育と経済のコミュニケーション おおいなるひとりごと 1

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大いなるひとりごと



「大いなるひとりごと」とは。
 

昔大学院生だった時の話。

 

ゼミで自分が発表しなきゃいけない時に、

自分の研究内容の発表だけでなく、

ちょっとしたコラムを作ってみんなに配布するということをしていた。

 

研究ばっかしていると、そっちばっかに目がいって、

頭が固くなっていく気がしていた。

だからこそ、常に何かしらの「おもしろいこと」を記していきたい、

そう思っていた。

 

かもしれない。

 

しらんけど。

 

その結果、教授に嫌われたりしたのだけど。

 

 

なぜそんなことしたのかは全然覚えていないけど、

我ながら楽しんでいたと思う。

というか、一発目のよろしくお願いしますのゼミから

これを配ってたというのはマジで恐ろしい。怖いもの知らず。

 

 

ま、

それはさておき、

偶然そのファイルを見つけたので、

とりあえず暇つぶしに乗っけていこうかと思った次第です。

(全然広告復活しないし。。。)

 

ルールは

A41枚くらいに必ず収めること。

テーマはなんでもいい。

ただ、面白いと思ったことだけを書くということ。

結論はいらない。独り言だから。

 

ということだけを意識して

当時書いていた気がする。

 


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当時の原文(にちょびっと手を加えたもの)

 

 

 

      僕の大いなるひとりごと。part1 教育と経済のコミュニケーション
                        
 これは僕の頭の中にある「面白いなぁ」を徒然書いたものです。なので、先行研究や学術的根拠はないです。特に興味のない人は読まずに食べてください。

 

・教育経済学的視点から

ふと、日本の経済と教育は非常にリンクしているなぁということを感じました。


 70年代における高度経済成長時、

我が国は「もはや戦後ではない」の名の下に経済的発展を目指し、

GDPなどの経済状況は著しく発展しました。

しかし、その裏では「新幹線教育」・「七五三教育」とも揶揄される

学力主義が教育現場に暗い影を落とすこととなりました(不登校児の増加)。

 

近年では上り調子だった日本の経済は頭打ちとなり、

GDPも中国に抜かれるなどの状況の変化が起きています。

また、時を同じくとしてPISAの順位も下がり、日本の学力低下問題も叫ばれています

(学力低下問題については多々論争がありますが、割愛)。

 

このように、

経済と教育というのは何かしらの関係性があると考えられます。

 

 

そして、最もユニークなリンクだと僕が感じるのは、

「豊かさの問い直し」に見る学力観の変化です。

今までの経済至上主義の求める豊かさはいわゆる金銭的なものでした。

そして教育においての豊かさは点数至上主義による学力でした。

 

そんな最中、近年の経済は

新たな豊かさを求める一歩を歩み始めたと言えるのではないでしょうか。

 

金銭的な豊かさではなく、生活の豊かさ

(ゆとりとも言えます、まさに「ゆとり教育」とのリンク)

 

 

生活の質の向上(いわゆるクオリティオブライフですね)といった、

金銭的なものではなく、精神的な豊かさを求め始めました。

 


この変化は教育にも顕著に表れています。

 

かつての学力至上主義(経済とリンクさせるなら金銭至上主義)から教育観を捉え直し、

新たな豊かさを求める変化が生まれています。

 

代表的なのは総合的学習の時間や、生きる力ですね。

また、文部科学省が豊かさという言葉を出しているのもユニークなリンクですね。

 


 つまり、カネカネ!点数点数!)から

お金だけじゃないよなぁ

(点数だけじゃない学びがあるよなぁ)

といったように変化が相互にリンクしています。

 

これは単なる偶然ではなく、経済と教育は非常に念密に絡み合い、

相互作用の関係にあると考えられるでしょう。

しかし、歴史を振り返れば、経済によって教育が姿を変えるという

一方的な関係に見えます。

 

ですが、教育を変えれば経済も変わることもありえそうです。

これはフレイレの論を参考にして考察したり、

経済と教育のコミュニケーション論、

(つまり、経済と教育がある種のコミュニーケーションを取っているという仮説)

として捉えてみたりして考えたら面白そうですね。


 

以上、特に根拠もない面白いなぁを書いてみました。雑文ですみません。
次回は神さまいるのか?論争についてのひとりごとです。


現在の僕の考察

 

懐かしいね。ほんと。

 

大学院1年生の4月に書いたもの。

大学を卒業してすぐの時か。

 

 

いや、しょうもないこと書いているなぁ。。

 

よくこれを一発目のゼミから、

これ、書いてきたんで読んでくださいとか先輩や教授に言ってたわ。

 

とまずは単純に思う。

 

でも同時に、切り口は面白いと思う。

 

当時の僕が何を言いたかったかって、

 

経済と教育は関連しているってのはもう周知の事実だけど、

(例えば東大生の家はとっても裕福だとか)

 

でもそこに着目するんじゃなくて、

経済における「豊かさ」

教育における「豊かさ」

がどうリンクするか。というとこに着目したわけだ。

当時の僕は。

 

お金が全てという考え方が、

田舎で暮らそう!自然とくらそう!

という金銭以外の豊かさに目を向ける。

 

ゆとりのある生活は

お金だけではなく、「精神的」にという意味を含むようになる

 

 

点数を取れる奴が偉い。という考え方が

点数だけでなく、それぞれの個性を伸ばしていきましょう

という内側に向けた豊かさを目指すようになる。

 

経済・教育ともに、

 

外的なものから内的なものへの豊かさへシフトしていく。

 

まるで手を取り合っているかのように

コミュニケーションを取っているかのように、

合わせて変わっていく。

 

これが面白い。と感じたわけなんだな。

 

もっとも現在は

 

お金至上主義へと舞い戻っている気もする。

 

でも一方で、(自己責任の名の下に)自由に生きていいとも言われる。

 

要は両者の手は離れ、

両極端に位置しながら独自の道を進んでいる気がする。

 

教育と経済のコミュニケーションはどうなってしまったのだろうか。

多分、うまくいかなくなっちゃったんだな。

 

 

 

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