「不登校コミュニティ2•0」が目指すもの。ー日陰で傷を舐め合ってても影は無くならないー

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不登校関連

「誰に向けて」「何のため」の場なのか。ここが不透明じゃ話にならない。
その言葉を目の前に、僕は口を閉ざすしかなかった。

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自分が自分らしくいられる居場所を作りたい。
そんなことを思うことがあった。

そんなことをとある人に話したところ、こんなことを言われたのだ。
ぐぅの音も出なかった。
じゃあ僕が作りたい場って
何の、誰のためのものなんだろう。

そしてやっぱり僕のある種アイデンティティでもある、
「不登校・フリースクール」をキーワードにすることにした。

「まずはオンラインでコミュニティを作ってみなよ。
成功すればオフラインの場にスライドすればいいだけなんだから。
とりあえずやってみなよ」

と。
確かにそれは一理ある。

とりあえず世の中の不登校コミュニティのリサーチ開始。
すると、不登校のオンラインコミュニティはそんなになかった。
(もちろん0じゃない。
けれども、コーヒーとか語学のオンラインコミュニティに比べたら少なかった)

 意外とないもんだなぁ。と思ってネットやTwitterでいろいろ調べてみたら、
不登校の子どもや保護者の悲痛の叫びが目に飛び込んでくる

そこで知る。
僕が不登校だった20年前から何も変わってないんだ。

そこで、居場所どうこうは置いといて、
やっぱりどうにかできないのかなぁ。なんて改めて思うわけです。

 そもそも現在存在しているフリースクールやコミュニティの軸は、
「悩み相談」「カウンセリング」がベースで


・悩まないで何でも相談しあいましょう!
・学習支援!
みたいな方針ばっかりだった。

なんかわからんけど、そんなことしてても一生変わらないなって思った。

実際20年前、僕が味わっていたことと何にも変わってないじゃんと。

苦しんでいる方がたくさんいるのがわかっているから
ものすごく言葉を選ばなきゃいけないんだけど、
今のこの状況は、
このままいっても何も改善しないなって思った。

同じコミュニティの中で愚痴りあって、
相談しあっても多分何にも変わらないんじゃないかなって。

本当に申し訳ない表現かもだけれど、
「日陰で傷を舐め合ってても影は無くならない」

大事なのは社会とつながって、
もっと多くの人の関心を集めなければならないのではないかって。
一言で言うなら

この無関心な社会に「パンチしようぜ」
という意気込みとアクションが必要なのかと。

もちろん相談できる場所や気軽に話し合える場があるのは本当に大事だし、
そういう場で救われている方々がいる。
僕が5年間不登校だった時もそういう場に行って僕自身、救われた。
僕の母親も周りからの理解ない言葉で傷ついて自信をなくして泣いていたのも知っている。
そして同じ境遇の保護者とつながって安心したと言っていた。

そんで僕自身はフリースクール・不登校を大学院までずっと研究していたから
どれだけ大事なのかもわかっているつもり。


でも、多分変わらなきゃいけないんだと思う。

 

当たり前だけど、今現在そういう場を作っている方々には本当に頭が下がるし、
多くの人が救われている。そしてその場を今後も大切にしてほしいと切に思う。

今まで多くの保護者に出会って話を聞いて、
自分の過去や、母の過去を振り返って僕は本当にそう思う。

経営的にも社会的にものすごく大変な思いをしている方々を支える場は
絶対になくしちゃいけない。

でも違う方向性を持つ場が出てもいいんじゃないか。
全部がそうなる必要がなくて、
棲み分けのような形で、僕なりの考えと関わり方で
一緒に踏ん張れたらいいなと思うのです。


ということで、

僕が作るかもしれない不登校に関するオンラインコミュニティは
「挑戦」を軸にしようと思った。

 

つづく。

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