ある男の手記をたどって(10)〜涙とともにパンを食べた者でなければ人生の本当の味はわからない〜その2

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旅行
次の日の昼過ぎ、

僕とジュンは
イマエルの所に向かった。


彼を呼び出し、

何かお返しをしたい
そう告げた。

少し困った顔しながら、
案の定、

何もいらない。

そう突っぱねた。

それでも何か返さないと
僕たちの気が収まらないんだ

それに、
イマエルじゃなくて、
子どもたちにプレゼントさせてくれ

そう告げた。


少し驚いた後、
彼はいつもの笑顔で

Thank you

と呟いた。

これにホッとした僕らは
調子に乗って
昨日彼に言われた言葉、

Your happy is my happy

と得意げに言った。


イマエルは
今まで一番の笑顔で笑った。




じゃあ、買いに行ってくるねー

そう言うと、彼は僕らを引き止めた。


なんでも、
インドの市場は外国人だと見ると
値段をふっかけてくるらしい。

でもインド人に対してはそんなことはしない。

だからまずはイマエル自身が
買い物するふりをして、
値段を確認する。

値段が決まった時に
僕らを呼ぶから、その時にそのお金を払ってくれたら
それでいい。



なんでそんなまどろっこしいことをするんだろう

そう思いながらも、
了承した。


三人で市場まで歩く。

今までのお返しが少しでもできると思って、
僕らはとてもホッとしていた。
その道すがらの会話は今まで一番気兼ねなく、
楽しい時間だった。


市場について、
イマエルはここで待ってて
すぐにサイン出すをから

そう言って
僕らを残して市場へと進む。


その様子を見ながら、
なんだか少しワクワクしていた。

イマエルはどんなものを選ぶんだろうか。

店員さんの顔はどうなるのだろうか。

すこしばかりのいたずら心を
胸に秘め、僕らはイマエルを眺めていた。


リュックを売っている出店の前で、
イマエルはリュックを物色していた。
そしてしばらく店員さんと話をしていた。


今か今かと
イマエルのサインを待っている僕ら。



するとイマエルは
自分の財布からお金を取り出し、
リュックを買っていた。


なにがなんだかわからず僕らは
ただその光景を眺めていた。


笑顔で僕たちに近づくイマエル。


な、なにしてるの!?約束が違うじゃないか!
僕らがそれを買う予定だったじゃん!


そう言っても彼は笑顔で、
お客さんにお金を出してもらうわけないだろ。

君たちはゲストなんだから
それに君たちの気持ちは充分伝わった。

もうそれだけで充分なんだよ。
ありがとう

そう言った。


僕たちはただ、言葉を失い、
立ち尽くすしかできなかった。



よし、今晩もご飯を食べに来い。
娘にプレゼント渡さなきゃいけないしな。


そう言って彼は家の方へ向かっていた。


僕たちはただ、
ついていくことしかできなかった。
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〜涙とともにパンを食べた者でなければ人生の本当の味はわからない〜その2


家に着くと、
奥さんが料理の準備をしていた。
子どもたちは外でおままごとのようなことをしていた。


イマエルは買ったばかりのリュックをそっと隠し、
何食わぬ顔で、家族との談笑を楽しんでいた。


いたたまれない気分で
僕たちはやっぱり丸くなることしかできなかった。


夕食ができた。
やはり僕たちが一番最初に食べることになる。

断れないことを既に知っている僕らは
せめて最大限に感謝の気持ちを伝えることにした。


食べ始めるその時、

イマエルが娘たちに
今日はプレゼントがある

そう告げた。

突然のサプライズに娘たちの目に
喜びの色が浮かぶ。


すっと脇から新品のリュックが出てきて
娘たちはとてもはしゃぎ、
喜びを露わにした。


僕らも拍手をしたりしてその場を盛り上げた。
というかそれしかできなかった。


するとイマエルが

すっと小さな声で、
そして現地の言葉で
娘たちに何か伝えた。

僕らはもちろん現地の言葉なんてわからなかったので、
その風景を眺めていた。

すると娘たちは急に静かになって、

恥ずかしそうに
僕たちのところに近づいて

そっとハグをしてきた。

そして耳元で
現地の言葉を口にした。


なにがなんだかわからなかった。


ジュンも同じだった。


イマエルの満足そうな笑顔を見て

悟った。



イマエルは


このプレゼントは
この日本人からだ、
お礼を言いなさい。


そう娘たちに告げたに違いない。


その瞬間、

鼻の奥がツンときて、

目から涙が流れた。


ジュンも同じだった。


娘たちはすこし困惑げだったが、
すぐにリュックを背負ったりして遊んでいた。


イマエルは笑顔で
さぁ、食べて

と僕らに言った。




なすがままに

僕らは
泣いたままカレーを食べた。

味なんてもう分からなかった。

でも確かに美味しかった。

とても優しさに包まれたカレーだった。


子どもたちもそのあと夕飯を食べた。

でも
やっぱりイマエル夫婦は食べなかった。



もう、無力感しかない僕らは

何もできず、
ただ、笑顔のイマエルの話に

耳を傾けることしかできなかった。


帰るとき、

僕らは
イマエルに

どうしてこんなことをしたんだ。

そう聞いてしまった。


彼はいつもの笑顔で
そして当たり前のように


Your happy is my happy


それだけ僕らに伝えた。


僕らはまた泣いた。

そしてハグをした。

イマエルの身体はびっくりするほど
細く、軽かった。

その軽さがまた、
僕らの涙腺を刺激する。



こんな状態なのに、
なんでこんなにも僕らに優しくしてくれるのだろうか。


もう、理解不能だった。

でもただ言えることは、


豊かさってのは、


食べるものや、服装、住んでいる家の広さなんかじゃない。


どれだけ人の幸せを願えるかなんだ。




僕たちは鼻をすすりながら、

宿に向かった。


そしてそのまま、軽い挨拶だけして、

ベットに潜り込んだ。




そしてこの日を最後に

僕はインドを出ようと思った。


まだ僕はこの国を知るには若すぎる。

もう少し、大人になってから、

また来よう。


あの泣きながら食べたカレーの味が分かった時、

また来よう。




いつかまた呼ばれる日がくる。


そう願って。





ここで、彼の手記は終わっていた。

私に少しの虚無感を与えたまま、

その最後のページの余白は
もう私に何も語ってはくれなかった。



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